第10回 小川類「前衛」が愛したベートーヴェン

最終更新: 1月6日


 2019年6月、上野の東京都美術館で開かれた「クリムト展 ウィーンと日本1900」を訪れた時のことだ。展覧会の目玉は、クリムト随一の大作と謳われた「ベートーヴェン・フリーズ」という全長34メートルの複製画だった。この作品の原画は1902年、作曲家ベートーベンに焦点をあてた展示会「第14回ウィーン分離派展」のために制作された。黄金の騎士が幸福を求め、楽園にたどり着くまでの物語が絵巻物のように展開する構成となっている。

褪せることのない金色を多用するのはクリムトの特徴の一つだが、交響曲第九番第三楽章から着想を得て描かれたというそれは、まさに圧巻の一言だった。もちろん作品そのものにも圧倒されたが、同時にベートーヴェンの音楽が持つドラマ性を想起させた。絵画を見るための空間ではあったが、記憶の中にあるベートーヴェンの音楽が耳の奥で自然と奏でられ、空間全体が震えているようにも感じられた。



 私が本格的にベートーヴェンの音楽に触れたのは、中学生になってから吹奏楽部に入り、音楽の勉強を始めた時だ。音楽家を目指すにはノンビリしたスタートだったが、ポップスを浴びて育った少年の耳でも、その音楽の素晴らしさは分かったのだろう。「すごい作曲家だ」という印象を強く持った。

大学受験をするにあたってピアノを練習し始め、入学試験曲がベートーベンのピアノソナタだったことから、聴き込み、弾き込んでいくうちに、次第にその音楽性に改めて深く惹かれていった。そこには、音楽を芸術たらしめる素晴らしい要素が全て詰まっているように思えた。その印象は、初めてベートーヴェンの音楽を聴いたときから半世紀近く経った今でも変わっていない。誰か一人好きな作曲家を上げよ、と言われてもなかなか一人を選ぶことは出来ないが、ベートーヴェンはいつでも5本の指に入る。

 大学を卒業後、CM音楽やドラマの劇伴を作るようになると、その思いはさらに深まった。CM音楽ではクライアントや演出家などの要望に応じて、クラシック作品を編曲することがよくある。ジャズ風、ポップス風、ロック風、◯◯風、…… 原曲のリズムや和音を変えることで、そのCMの意図にあった演出にするというものだ。

しかしベートーヴェン作品は、どう料理しても「ベートーヴェン」だった。どんなにリズムや和音を変えても、「ベートーヴェン」の香りがぬぐえない。その圧倒的な存在感に脱帽した。

 それは、全く異質な音楽とベートーヴェン作品を織り交ぜても同様だ。

ベートーヴェン生誕250年の2020年、まさに彼の誕生日である12月16日に、演奏藝術センターと共催で「AIベートーヴェン」というオンライン・コンサートを開催する。そこではAI音楽を研究している人が集い、私も東京都市大学教授の大谷紀子先生と組んで作品を発表することになっている。

私はベートーベンと違う作曲家を組み合わせて、大谷先生のAIシステムに作らせた新たな音のモティーフを用いて、作品に仕上げている。短い音のつながりは、まるで音の細胞だが、ベートーヴェンの音楽を構成する細胞ひとつひとつを解体して再構築する作業は、自分が思いつかないようなフレーズが浮かび上がり、とても刺激的で興味深い。

 冒頭で紹介した「ベートーヴェン・フリーズ」が展示された1902年の展示会は、クリムトを中心に結成された新進芸術家のグループ・ウィーン分離派が開催した。伝統を重んじる風潮から離れて「総合芸術」を目指した彼らは、「Der Zeit ihre Kunst, Der Kunst ihre Freiheit.(時代にはその芸術を、芸術には自由を)」の標語を掲げて新しい表現を目指したとされる。展示会でメンバーたちは、それぞれが得意とするジャンルの彫刻や家具などでベートーヴェンに捧げる作品を制作展示したのである。



その展示会から約120年、そしてベートーヴェン生誕からちょうど250年となる今年、先に述べたようなAI音楽のコンサートの企画制作に携われることは、作曲家として幸せなことだと感じる。クリムトの生きた時代の「前衛」が表現したベートーヴェンを改めて知り、現在、そしてここから100年後、200年後の「前衛」が表現するベートーヴェンがどのようなものになるのか、想像するだけで心が浮き立つような思いになる。

 今秋、私は今回の出品作品「Beethoven Complex」を、鋭意制作中だ。コンテンポラリー・ダンスと共に発表するこの曲は、音楽の要素すべてを生まれ変わらせた作品だが、時に「ベートーヴェンらしさ」が垣間見える仕上がりになっている。

他の作品も非常に意欲的な表現で、それぞれのテーマを追究している。現代の「前衛」の挑戦的な取り組みには、どんなベートーヴェンが潜んでいるのか。楽しみにしてご視聴いただけたら幸甚である。



小川 類

東京藝術大学 COI拠点プロジェクト 特任准教授



「AIベートーヴェン」 


2020年12⽉16⽇(水) 16時/19時 2回配信

http://innovation.geidai.ac.jp


2020年冬、ベートーヴェン⽣誕250年を記念して、ベートーヴェン作品を題材とし、AI技術を用いた4つの作品によるオンライン演奏会『AI ベートーヴェン』を開催する。

AIが持っている多様な可能性を追求するという新しい「Music Experiments」。

演奏終了後、参加メンバーによるパネル・ディスカッションを行う。

参加作品:

《ベートーヴェンの音高による6つの歌 / Sechs Lieder von Beethoven》

大久保雅基[名古屋芸術大学]

>人工知能(AI)を使って、ベートーヴェンが残した文章をメロディー化し、それを元に新しい音楽を創作する。

《Beethoven Complex / ベートーヴェン・コンプレックス》

大谷紀子[東京都市大学]with 小川 類[東京藝術大学 COI拠点]

>ベートーヴェン作品と他の作曲家の作品と組み合わせ、AIにより新しい音楽素材にして構築する作品+コンテンポラリー・ダンス(振付・ダンス:深澤南土実、吉田駿太朗)

《ベートーヴェンが蘇り現代の女性に恋したら、どのような“エリーゼのために”を作るか》

後藤 英[東京藝術大学 音楽環境創造科]

>顔認識のAIにより、その人物の魅力度や年齢などが分析され、そのデータをもとにベートーヴェンが恋をして、さらに音楽のAIにより作曲をする。

《Beethoven meets Tom & Jerry》

古川 聖[東京藝術大学 先端芸術表現科]

>ベートーヴェンの音楽が「Tom & Jerry」に生まれ変わり、「Tom & Jerry」がベートーヴェンの音楽に生まれ変わる。




主催:東京藝術大学 COI拠点 デザイニング ミュージック&サイエンス グループ

共催:東京藝術大学 演奏藝術センター

協賛:日本AI音楽学会JAIMS

後援:先端芸術音楽創作学会〈JSSA


小川 類 Rui Ogawa


日本大学芸術学部大学院芸術学研究科修了。修了時に湯川制賞を受賞。CM、アニメ、J.ポ︎ップ、映画音楽、現代音楽、エレクトロニカなど多分野で活動している。ブー ルジュ国際電子音楽祭(仏)、ロゴス・ファンデーショ ン・オーディオ・ビジュアルコンサート(ベルギー)、ISCM世界音楽の日々2011(ザグレブ)、ACLアジア音楽祭2013(シンガポール)、2014(横浜・東京)など国内外で作品を発表している。




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