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第16回 植村太郎「ベートーヴェンと鮨」

更新日:2021年1月6日



 エッセイなんてあまり書いたことないし、学生時代からレポートなどというものを書けたためしがないくらい文章は(も?)とても下手なので、「先生、ベートーヴェンについてのエッセイを書いてくださいますか」と頼まれた時正直困ったなと思ったのだが、、錚々(そうそう)たる先生方が素晴らしいエッセイを寄せていらっしゃるので、僕は気軽な感じで少し書いてみることにした。

 ベートーヴェンはもちろんとても難しく、勉強しても勉強しても発見が多く、演奏を何回しても課題の多い作曲家であり、一番頻繁に演奏し常に自分の中心にいる。ベートーヴェンより後の作曲家の、例えば、ブラームス、シューマン、、ワーグナーやヴェルディやドヴォジャークやバルトーク、シェーンベルクや、、もっともっと現代の作曲家の曲などのスコアを勉強すると、必ずベートーヴェンを勉強した痕跡がいろんな場面でみつけられる。ベートーヴェンを演奏しない演奏家も勉強しない作曲家もいない。僕も何かあると常にベートーヴェンに戻って考える。僕は両親も弦楽器奏者だったため、母のお腹にいたころから、両親が弾いたり、家でかけていたレコードの、ベートーヴェンのとりわけ後期の弦楽四重奏をいつも聴かされていた。今でもベートーヴェンの弦楽四重奏の後期作品を聴くと無性に懐かしい思いに駆られるときがある。僕にとってベートーヴェンとはもちろん永遠の課題の作曲家であるとともに、赤ん坊が母親を愛するのと同じように、自然に接し始めた作曲家でもある。

 ところで音楽家にならなかったら何になってた?とよく人に聞かれることがある。僕は即答で、「料理人!」と答える。本当に食べることが大好きだからなのだが、、その数ある料理の中でも鮨が特別好きだ。もしかしたら体の半分は鮨で出来ているかと思うくらい、どこでも鮨を食べている。留学中一度ドイツで怪我をし入院した時も、病室まで鮨屋さんから鮨を運んでもらったことがあるくらいだ。

 たまにヴァイオリンが弾けなくなった時のことを想像し、今からでも板前になれるかな、なんて思って、、よくよく考えてみると鮨を握るしぐさとヴァイオリンを弾く感じは、似ている気がしてくる。ヴァイオリンを持っている左手をくるっとひっくり返して、シャリをおき、弓を持っている右手を、弓の代わりにネタをはさんで何回か柔らかくデタッシェ(弓の上げ下げ)をすれば握れそうである。

 そう思って、ネタ(魚)を作曲家に当てはめてみると、全ての一番中心にいるのはマグロでありベートーヴェンではないか。マグロの中でも一番僕の好きな赤身がベートーヴェンだとすると、ベートーヴェンから派生してロマンチックになり脂がのった中トロはシューマンかブラームス。マグロの中落ちの巻物はシューベルト。ベートーヴェンの素材を使って作るがそのとろけるような味わいと、流れるような旋律、そして包み込む様な響きで人気のメニューの一つだ。もっととことんジューシーになって口の中でもコンサートホールの中でも無限に広がる大トロは、マーラー、オペラならワーグナーではないか。

もっと言うとトロの炙りはスルポンティチェロなどの特殊技法の多い、シェーンベルクやウェーベルン。バルトークはツナ缶!ベートーヴェンの様にいろんな要素を一回加工し、またしっかりとした箱に詰め製品にした感じ。北の方からくるネタのイメージがあるサーモンはシベリウス、いくらはプチプチとした食感のグリーグ。親しみやすい甘ダレで食べるアナゴは、恋愛のストーリーが多いプッチーニ、もう少し骨があるウナギはヴェルディ。ウニは奇抜な色で全然違う質感の子、ヤナーチェクかショスタコーヴィチ。。牡蠣やエスカルゴ、オマール海老など甲殻類好きなイメージのあるのはフランス音楽の、、

 あ、やっぱり出先で凄い出世するけれど、、故郷の事を常に思っているサーモンはドヴォルジャークか。。

んー、ファンタジーが止まらない。。!!!


                                 植村太郎

                   (東京藝術大学演奏藝術センター准教授)

 

2020年12月16日(水)19:00


ベートーヴェンの室内楽作品、ピアノ曲を名手たちが奏でる。 会場は「演奏家の息づかいが聴こえる」、第6ホールの贅沢な空間。

< 出 演・曲 目 > ~オール・ベートーヴェン・プログラム~

《ヴァイオリン・ソナタ第8番》ト長調 op.30-3 植村 太郎:ヴァイオリン 渡邊 健二:ピアノ

《モーツァルト『魔笛』から「愛を感ずる男たちには」の主題による7つの変奏曲》変ホ長調 WoO.46 河野 文昭:チェロ 東 誠三:ピアノ

《ピアノ・ソナタ第28番》イ長調 op.101 迫 昭嘉:ピアノ

《七重奏曲》変ホ長調 op.20 植村 太郎:ヴァイオリン 大野 かおる:ヴィオラ 河野 文昭:チェロ 池松 宏:コントラバス 三界 秀実:クラリネット 岡本 正之:ファゴット 庄司 雄大:ホルン



※演奏会のご予約は締め切らせていただいております。

後日配信予定ですので、どうぞお楽しみにお待ちください。


 

植村 太郎 Taro Uemura


桑名市出身、菊里高校卒業。桐朋学園大学在学中に日本音楽コンクール第1位、岩谷賞(聴衆賞)等を受賞。同大学を首席卒業後、ジュネーヴ音楽院(カルテットコース)、ハノーファー音楽演劇大学、ベルリン・ハンス・アイスラー音楽大学院を卒業。2006年より名古屋フィル客演コンサートマスター、2017年より藝大フィルハーモニア管弦楽団ソロコンサートマスター。現在、東京藝術大学演奏藝術センター准教授。

フコク生命パートナーアーティスト、愛知県立芸術大学非常勤講師、桐朋オーケストラ・アカデミー富山非常勤講師。

使用楽器はNPO法人イエローエンジェルより貸与されている銘器「バレストリエリ」(1760年製作)


 
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